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明日はうちの子記念日

今日はAntisの四十九日でした。
私が祈るまでもなく、Antisはちゃんと極楽へ行けるでしょう。
我が家は納骨はしませんから、お骨はずっと置いておきます。

今日から少しずつ・・・・アンティスの経歴?を振り返ってみようかと思います。
記憶は少しずつ薄れていくものですし徐々に思い出して書き綴って行けたらと。
楽しかったことも、そうでなかったことも、苦労したことも。


13年前の11月9日。(明日です)
Antisは我が家にやって来ました。
生後47日目の大きな大きなタヌキのような子犬・・・来た時既に6キロでした。
ウルフグレーと言う毛色がどんな毛色かもあまり知らずに、迎えた子でしたので、
「これが・・本当にシェパード?!」って第一印象でした(笑)
57day.jpg
生後48日目。
60day.jpg
60日前後。

子供の頃からずっと憧れていた、念願のシェパード。
子犬の頃の可愛さはさておき、早くあの精悍なシェパードに成長して欲しくて楽しみでしょうがなかったのを今でも覚えています。

私の希望はオールブラックのメスだったのですが、当時ブラックは今よりも少なかったしタイミング的にいませんでした。
私の都合で子犬を迎えられる時期が限られていたので(ちょうど短大生でしたから冬休みと春休みを利用して基本マナーを入れてしまいたかった)、紹介者からは「BTのメス4ヶ月弱でドイツの外産訓練犬の子供とウルフのオスが居るけど、どうする?」と言われていて、悩んだものでした。
ドイツの訓練犬の子・・・という下りにも心が揺れたし、性別もやっぱりメスがいい。
けど生後4ヶ月近いんじゃ、ちと大きすぎる・・・
今ではオス派ですが、当時はメスと言う条件は私にとって重要でした。
偶然かもしれませんが母が幼少期の時代から飼っていた犬は代々メスだけ。
先代のチョコもメスでしたし、メスの方が絶対に飼いやすいと思ってましたから・・・
あとはオスの本能的な行動が生理的に受け付けず、初めてのシェパでオスってのも・・・とかなり葛藤。

結局、オスでも早めに去勢をすれば何とかなるだろうと言うことと、やはりBTのメスはやめてウルフのオスにしたのでした。

初めてのシェパでオス。
気合い入りまくりで、それまでの経験を駆使しつつ、犬の訓練本を頼りに・・・
今思えば本当にスパルタで育てました。

訓練がやりたい。競技会に出てみたい。
と言う目標があってアンティスを迎えたわけですが、それまでに一度も見学にも行った事すらなく。
(ドッグショーは毎回大人に連れられて買い物に行ってたのに)

競技用の訓練をどうやるのかすら、見たこともない。
なんであろうがボールやオヤツを使うなんて、有り得ない!!!と言う意識が強かったので、競技用の訓練をする時も一切ご褒美と言う物は使わずにビシバシ!そして褒めだけで1年半以上続けてました。
知らないって怖いです。
当然ながら、競技的な訓練への意欲は私がイメージしていたシェパードのものとは違っていました。
なんで、もっと意欲的に動けないんだろう?ガツガツ感がない。。。と悩んだものです。

競技会デビューが生後8ヶ月半の全日本服従訓練競技大会。
第一回大会でした。
私自身が競技会場に来たのも初めて、当然アンティスも初めて。
ドキドキしながら、朝一番から犬を休ませる事など知らずに、場馴れ場馴れ・・・・と連れ歩いていました(爆)

その時、大会の役員らしき人に声をかけられたのを今でも覚えています。
「この犬はどこの犬?いい犬だね。堅確がある。大事にしなさい」
内心「どこが・・・」と思いましたよ(苦笑)
当時ペランペランでヒョロヒョロのアンティスにこんな褒め言葉をかけてもらった意味がわかりませんでした。
(いや、本当にシェパードとしてはかなりバランスの悪い変な犬でした)
あの方は誰だったのかすら、もう記憶にもないのですが。

デビュー戦の競技の結果は、89点。
障害飛越を拒否して飛べずに10点ロスしました。
他は全て無難にこなしました笑

障害飛越の練習は、ブランコの柵。と言うお粗末なものでしたから、いきなりあんな木製の80CM障害を飛べとか言われても飛べるわけないですよね・・・(苦笑

何にも知らない私は随分アンティスに苦労と負担をかけました。
でも、それだけに共に成長したと言う実感も強くあります。

つづく。(多分w)

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ちょうど1年前のAntis
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